外国人被災者支援・외국인 피해자 지원

支援の展開――外国人被災支援プロジェクトの一里塚

東北ヘルプは、「支援者を支援する」ことをミッションとして、今日まで至りました。

東北ヘルプは、仙台にある「地元」の組織です。そこには限界もありますが、強みもあります。

東北ヘルプは、「キリスト教団体」です。そこには、独特の強みがあります。それは、全国・全世界と直結していることです。

私たちは、こうした東北ヘルプの特徴を活かして、「教会にできることがある」ことを確認させていただきつつ、今日に至りました。その典型的な事例は、外国人被災者支援プロジェクト」でした。

最初、2011年の夏、韓国からキリスト教系支援団体の皆様がおいでになり、お話が始まりました。震災で、外国人はどれほどの苦境にあるのだろうか、その情報が全くないので、調査してもらえないだろうか――この要請が、全ての始まりでした。

私たちはすぐに、地元の新聞記者・県の国際交流協会・地元のNPO法人「笑顔のお手伝い」・仙台に住む学識経験者に連絡を取りました。そして東京からは「外国人登録法問題を考える全国キリスト者連絡協議会」(現在は「外国人住民基本法制定を求める全国キリスト者連絡協議会」に改称)の協力を得ることができました。

こうして、一年間の調査と支援活動が始まりました。調査と支援とは、一つになることで、相乗効果を上げました。活動は軌道に乗り、2012年4月には「外国人被災者センター」が立ち上がりました。学識経験者の全面的な協力を得た結果、行政とも連携を取ることができました。

そして、その成果はまとめられ、高い評価を得ることとなり、複数の財団からの支援を得ることができるようになったのです。この結果、2013年12月より、このプロジェクトは地元のNPO法人に全面的に引き継がれ、継続されることとなりました。東北ヘルプはこの後もこのプロジェクトへの支援者として関わらせていただきます。

以上のような経緯の結果、下記のようなお知らせをすることができるようになりました。感謝してご紹介いたします。

一つ目は、「外国人被災者支援センター」の事務所移転のお知らせです。宮城県内で震災前から外国人の人権問題に取り組んできたNPO法人「笑顔のお手伝い」様の事務所に、センターは移転しますことの、お知らせです。

二つ目は、「調査報告会」のご案内です。新しい体制のセンターが致します報告会です。

三つ目は、これまでの活動の報告書となります。

いずれも、皆様のご高覧を賜れば幸いに存じます。

(2012年11月20日 川上直哉 記)

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『せんだい移住者・子どもフェスティバル』

昨年、東北ヘルプは、外国人被災者の実態調査プロジェクトを開始しました。

今春、東北ヘルプ事務局には、「外国人被災者支援センター」が開設されました。

今夏、その働きは展開し、石巻市と共同での大規模調査を行うことができました。

今秋、その調査結果を分析・整理して報告することができる見通しです。

そうした中で、多くの出会いとつながりとを得ることができました。

そこで、この度、2012 年 10 月 14 日に、仙台駅東口にあるイベントホール松栄(大ホール)におきましてフェスティバルを開催することになりました。本フェスティバルでは、シンポジウムのほか、とりどりの文化を披露する場を設けております。詳細は以下の通りです。入場無料ですので、お気軽にご参加ください。

「せんだい移住者・子どもフェスティバル」案内

東日本震災から1年半、仙台市とその周辺に住む移住者とその子どもたちの「思い」を結集するフェスティバルを開催します。

◇日時:10月14日(日)午後2~6時

◇会場:イベントホール松栄(仙台駅東口から徒歩1分)

◇参加費:無料  *軽食と飲み物を持参してください

◇プログラム

<第一部> シンポジウム「移住者とその子どもたちの今を考える」

[コーディネーター]李善姫さん(東北大学大学院法学研究科GCOEフェロー)

◇報告

①郭基煥さん(東北学院大学准教授)

「石巻市調査から見える外国人被災者の現状」

②田所希衣子さん(外国人の子ども・サポートの会) 20分

「移住者の子どもたちの今」

◇発言

①庄司マリーンさん(フィリピンコミュニティー ミヤギ)

②宋貞喜さん(韓国語継承語教室「チングドル친구들」)

③张迤婕さん、府小京さん(中国語継承語教室「瀛華(いんか)中文学校」)

*別会場で「みんなで歌おう!子どもコーナー」を設けます。

(そば打ち体験なども予定しています。)

<第二部> 食事会&各民族の歌・踊り

◇フィリピンコミュニティー ミヤギ

◇馬頭琴 アナンディン・バヤラト ほか

主催:せんだい移住者・子どもフェスティバル実行委員会

<委員長>郭基煥

<連絡先>外国人被災者支援センター(電話022-265-2216)

共催:トヨタ財団研究助成プログラム「震災後の東北地域における「多文化共生」と

「トランスナショナル・家族」の可能性に関する考察(研究代表:李善姫(東北大学))

後援:MIA・仙台国際交流協会・せんだい・みやぎNPOセンター

在日本大韓民国民団宮城県地方本部 ほか

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2012年4月21日 シンポジウム
「『東日本大震災から1年 外国人被災者の「現住所」』」報告と資料

4月21日、東北学院大学土樋キャンパス・押川記念ホールにて、「シンポジウム 『東日本大震災から1年 外国人被災者の「現住所」』」が開催されました。

当初250名ほどの参加を見込み準備を進めてきましたが、それを超える多くの方が参加してくださりました。

シンポジウムは盛会のうちに、無事終えることができ、議論も実り多いものとなりました。

ご足労下さった皆さまには、心から感謝をいたします。

以下のリンクにシンポジウムの資料を掲載させていただきます。

クリックいただきまして、ご覧いただければと存じます。

こちらから資料をご覧下さい。

(2012年4月24日 阿部 記)

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東北ヘルプ公開シンポジウム
東日本大震災から1年・外国人被災者の『現住所(ヒョンジュソ)』

来る2012年4月21日(土)に、外国人被災者支援に関するシンポジウムを、東北ヘルプ主催にて開きますので、以下にお知らせいたします。

どなた様もどうぞお出でください。

(2012年4月12日 阿部・記)

◆◆◆◆ 東北ヘルプ・公開シンポジウム◆◆◆◆

『東日本大震災から1年・外国人被災者の「現住所」』

メッセージ

東日本大震災の2011年3月11日、被災地には7万5000人以上の外国人が暮らしていました。しかし私 たちは、彼ら彼女らの安否と「現住所」を、まだ断片的にしか知りえていません。

「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)」は、昨年9月、国内・海外のキリスト教会 などからの支援を受けて「外国人被災者支援プロジェクト」を設置し、宮城県や福島県、岩手県に住む移住 女性の調査を開始しました。

そして2012年4月、仙台に「外国人被災者支援センター」を設置して、被災地の市町村・国際交流協会・ NPO・教会関係機関の働きと連携しながら、調査・支援活動の輪をさらに広げることにしました。そのた めに4月21日、シンポジウムを開催します。

第一部では研究者たちの報告を受けて、第二部では国際交流協会やNPO、研究者からの提案を受けて、 震災から1年たった私たち市民社会の課題を整理し、国内外に発信していきます。

日 時 :2012年4月21日(土) 午後2時から5時30分

会 場 :東北学院大学 土樋キャンパス 押川記念ホール

資料代 :500円(学生無料)

第一部 報告 「外国人被災者の現住所」

報告者

・吉富志津代(大阪大学グローバルコラボレーションセンター/NPO法人FACIL) 「被災者がだれも排除されないために――経験はどのように活かされるのか」

・松岡 洋子(岩手大学国際交流センター) 「『差異』を認める社会を支える言語教育の可能性」 ・李 善 姫(東北大学国際高等研究教育機構) 「東日本大震災における媒介力と外国人女性のエンパワーメント」

第二部 討論 「外国人被災者支援のこれからの課題」

<コーディネーター>鈴木江理子(国士舘大学/移民・ディアスポラ研究会)

<パネラー>・大村 昌枝(宮城県国際化協会)

・菊池 哲佳(仙台国際化協会)

・西上紀江子(国際ボランティアセンター山形)

・郭 基 煥(東北学院大学経済学部共生社会経済学科)

主催:東北ヘルプ・外国人被災者支援プロジェクト実行委員会

協力:東北学院大学災害ボランティアステーション

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3月25日 「幸せ日本語研修コース」開講式

東北ヘルプは、外国人被災者への支援を進めています。

これまでの外国人被災者支援は、被災された外国人の方の元に出向き、お話しを伺わせていただいてきました。

これは、東北では農業、水産業などのご家庭を中心に、多くの外国人の方、特に女性の方が国際結婚をされ、そこで被災されているという、東北の地域的特性から生まれる問題を正確に知り、個別の案件に対応するために始まったものでした。

その中で「外国人妻」の方が被災地で暮らすとき、多くの困難があること、そしてその困難は大きく二つの問題が原因となっていることに、わたしたちは気づかされます。一つは言葉の問題、そしてもう一つは文化の問題です。

震災のような緊急時には、周囲と緊密なコミュニケーションを取ることと、行政などが発信する情報を正しく受け取ることが必要になります。ですが国際結婚をされたご家族では、家族内、ご親戚の方々との間で、言葉の問題によって十分なコミュニケーションをとることができず、生活文化の違いに多くの方が戸惑い、不和が生まれたのでした。震災から一年が経ち、被災の苦しみが増す中で、緊急時に生まれた戸惑いと不和の多くは、解消されることなく、ますます深刻なものとなっています。

東北ヘルプは、被災された方と共にこの問題に向き合いたいと考えます。目標は、国際結婚をされた外国人被災者のご家庭が円満であることです。その目標には、言葉の壁を乗り越え、互いの文化を理解し、敬意を払いあうことで近づくことができます。

そこで、国際アカデミーランゲージスクールさま、金南植さまにご協力をいただき、従来とは違った分野での支援活動をスタートさせました。それが「幸せ日本語研修コース」、在日外国人配偶者対象の日本語学習講座です。

この日本語研修コースは、仙台純福音教会大崎支聖殿(大崎市純福音教会)を会場として、週2回の予定で行われます。去る3月25日にこの研修コースの開講式が行われましたので、ご報告いたします。


挨拶をしてくださる
大崎純福音教会のシン牧師

式は祈祷で始まりました。東北ヘルプ理事・三枝師と、国際ランゲージスクール校長の坂口先生が挨拶をされ、研修コースへの思いを語ってくださいました。

その後、共に賛美歌を歌い、楽しいひと時を過ごしつつ、これからの学習が一人ひとりの幸せへと繋がるものとなることを願いました。

研修コースは、すでに3月27日からスタートしています。担当のランゲージアカデミーさまからの申し入れで東北の方言講座も取り入れました。また言葉だけではなく、日本の文化や風習などへの学習も予定しています。ご家族の方にも、配偶者の母国の簡単な言葉や文化を知っていただくような、交流プログラムを予定しています。そのようにして互いに言葉と文化を分かち合える学習講座を目指しています。

どうぞ、この働きがこれからも良いものとなりますように、祈り、支えてくださいますことをお願いいたします。

最後に、開講式の中で読まれた、受講生の宣誓文をご紹介させていただきます。

(2012年4月5日 李・阿部記)

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宣誓

私たちは、大崎市に住んでいる、多文化家族の一員として、

東北ヘルプが主催する、第一回幸せ日本語研修コースを通じ、

夫の国と私たちの国の文化をお互いに尊重し合う機会とし、

これから私たちの生活がますます豊かになり、恵みがあふれ、

いつも笑顔がこぼれる家庭として、新しく生まれ変わることを宣誓いたします。

2012年3月25日

大崎市古川地区 第一回幸せ日本語研修コース 受講生代表

3월25일 「 행복 일본어 연수 코스 」 개강식

동북 헬프는, 외국인 피해자의 지원을 하고 있습니다.

지금까지의 외국인 피해자 지원은, 피해받은 외국인에게 찾아가, 이야기를 들었던것입니다.

동북에서는 농업, 수산업등의 가정을 중심으로, 많은 외국인이, 특히 여성분들의 국제 결혼을 하신, 그곳에서 피해를 받은 동북 지역적 특성에서 나온 문제를 정확히 파악하여, 개별적 조건에 대응하기위해 시작한것입니다.

그중에 「외국인 부인」이 피해지에서 생활할때, 많은 곤란이 있고,  그 곤란은 크게 두가지 문제가 원인이 있다는것을 우리들은 알게 되었습니다. 하나는 언어 문제, 그리고 또 하나는 문화적 문제입니다.

지진과같은 긴급시에는, 주위와 밀접한 관계를 가지고, 정부에서 발신하는 정보를 정확히 이해하는것이 필요하게됩니다. 그렇지만 국제 결혼을 한 가정은, 가정안에서, 친척 간에, 언어의 문제로인해 충분한 코미니케이션을 가질수가없고, 생활속 문화의 차이에 혼동되고 불화가 발생하게됩니다. 지진발생후 1년이 지나, 피해의 괴로움이 증가함에따라 긴급시에 발생한 혼동과 불화는 해소되지않고 더욱더 심각한 상태가 되었습니다.

동북 헬프는, 피해자와 함께 이 문제를 타결하고자 합니다. 목표는 국제 결혼을 한 외국인 피해자의 가정을 원만하게 하는 것입니다. 그 목표는 언어의 벽을 넘어, 서로의 문화를 이해하고, 경의를 가질수있도록 하는것입니다.

그곳에, 국제 아카데미 랭기지 스쿨과 협력하여, 종래와는 다른 분야에 지원활동을 시작하였습니다. 그것이 「행복 일본어 연수 코스」 재일 외국인 배우자 대상의 일본어 학습 강좌입니다.

일본어 연수 코스는, 센다이 순복음교회 오사키 지성전(오사키 순복음교회)를 교실로 매주 2회 예정으로 실시하고 있습니다. 3월25일에는 이 연수코스 개강식이 이었기에,보고를 드립니다.

개강식은 기도로 시작하였습니다. 동북헬프 이사 사이구사 목사님과 국제 아카데미 교장 사카구치선생님의 인사에, 연수 코스의 의미를 말씀하여 주셨습니다.

그리고, 함께 찬송가를 노래하고, 즐거운 시간을 보내며, 앞으로의 학습이 한사람 한사람의 행복으로 연결됨을 기도하였습니다.

연수 코스는, 3월27일부터 시작하였습니다. 담당하고있는 국제 아카데미의 의견을 통해 동북 사투리도 공부속에 넣었습니다. 그저 언어만이아닌, 일본 문화와 풍습등의 학습도 예정하고 있습니다. 가족분들도 배우자의 간단한 모국어와 문화를 알게하기위한, 교류 프로그램을 예정하고 있습니다. 그와같이 서로의 언어와 문화를 공유하는 학습강좌를 지향하고 있습니다.

부디 이 활동이 앞으로도 좋은 열매를 맺을수있도록 기도와 응원을 부탁드립니다.

끝으로, 개강식중에 읽었던, 수강생의 선서문을 소개해 드리겠습니다.

(2012년 4월5일 이 정임・아베 씀)


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선서

우리는 오오사키시에서 사는 다문화 가족의 일원으로서,
동북 헬프가 주최하는 제1회 행복 일본어 연수 코스를 통해서,
남편의 나라와 저희 나라의 문화를 서로 알고, 존중하는 계기로 삼아,
우리들의 가정생활이 더욱 풍성하고 은혜가 넘치며,
항상 웃음꽃이 넘치는 가정으로 거듭날 것을 선서합니다.

2012년 3월25일

오오사키시 후루카와 지구 제1회 행복 일본어 연수 학생대표

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「外国人被災者支援センター」の機構と職務

私たちは、4月のフルオープンを目指して、「外国人被災支援センター」の準備を進めてきました。前回の記事では、このセンターの名称に込められた意味をご説明申し上げました。今回は、このセンターがどんな役割を担うのかをご説明するために、具体的な機構と職務について、ご報告したいと思います。

1.「外国人被災者支援センター」のイメージ

「外国人被災支援プロジェクト」の運営委員会は、毎月2回、仙台で開催されます。東京などから「外キ協」の皆様が、仙台においでになり、毎回6時間程度の会議を行うのです。

その会議において、9月から12月まで、調査の報告と救援のための議論が行われました。その議論の中で、私たちは、宮城県を中心として、東北地域と外国人の関係について、多くのことを学びました。

その議論を基に、「センター」を立ち上げるに当たり、運営委員会は、「私たちは何をしないか」についての合意を獲得しました。その合意は、次の3点にまとめられます。

しないこと、その1:建物を建てない。

しないこと、その2:中央集権的な組織を作らない。

しないこと、その3:「官制NGO」的な仕事はしない。

その結果、①センターは「東北ヘルプ事務局」内のスペースに設置することとし、②基本的にはセンターの職員(相談員)が調査活動をするための情報集積をその任とし、③外国人被災者の支援のために創造的に活動するためのセンターとなる、というものが、このセンターのイメージとなりました。

2.「外国人被災者支援センター」の組織

「外国人被災者支援センター」は、「外国人被災者支援プロジェクト」運営委員会の下に置かれます。運営委員会が方針を立て、センターが実行する関係です。運営委員会は、「外キ協」「東北ヘルプ」に対して責任を負っており、「外キ協」と「東北ヘルプ」は、活動資金の提供者であるドナーに対して責任を負います。

3.「外国人被災者支援センター」の職員

上記のイメージと組織に基づき、センターの職員が公募されました。

「東北ヘルプ事務局」内にセンターが設置されることになりました。「東北ヘルプ事務局」は宮城県内にあります。したがって、このセンターが扱う外国人の人権問題は、宮城県の歴史的な経緯を踏まえて新しく創造されなければなりません。

私たちの調査によると、宮城県の外国人を取り巻く状況は以下のような推移を見て現在に至りました。

(1)かつて、農家の「花嫁」を求める活動の一環として、「青年の船」という企画があった。この企画は、日本人青年男女が船で世界各地を行き巡り、研修を重ねる過程で出会い、あるいは結婚する(かもしれない)、という企画であった。

(2)しかし1970年代に、この「青年の船」事業は、主に参加者(とくに女性参加者)の不足によって終了を余儀なくされた。その頃、日中友好の機運が盛り上がる。この気運を活用し、海外(アジア)から「花嫁」を求める国際結婚の運動が、主に宮城県内陸部農村地域で開始されるようになる。

(3)国際結婚は順調に件数を増やして行く。そのうちに、有料の仲介業を行う専門業者が参入するようになる。それにつれて、さらに国際結婚数は増加し、そして、さまざまな「問題」が起こるようになる。

(4)市町村は、続発する「問題」に対応するために、先に来日して地域に溶け込んだ「外国人妻」の方々を臨時職員として雇用する。この方々が相談役として機能した結果、多くの「問題」は初期の段階で解決を見ることができた。

(5)市町村合併の動きに伴い、上記の臨時職員は解雇されることとなった。結果、新たにやってくる「外国人妻」の方々の相談役が不在となり、「問題」は深刻化することになる。

(6)上記の状況の中で、震災が起こる。被災前から孤立しがちであった「外国人妻」(その多くは日本語を十分に使えないのです!)が、いよいよ、苦しむことになっている。

私たちは、上記の経過に鑑み、かつて市町村が臨時職員として雇用していた「相談役」の役割を、センターの職員によって代替できないかと考えました。そして、面接を行い、7名のパートタイム職員を雇用させていただくこととなりました。

この職員は、「相談員」の役割を負います。その職務は、以下の三つにまとめられます。

a. 厳守事項として、「待つ」こと:相談窓口のあることを外国人に知らせ、あとは待ちます。こちらから何かを押し込むことは厳禁です。それが物資であれ、サービスであれ、親切であれ、あるいは「福音」であれ、こちらから押し込むことは、厳禁とします。

b. 努力目標として、「創る」こと:待っている相談員に、相談の連絡があった場合には、その方への支援を、常に新しく創り出すよう努力します。既存のどんなパターンも、そこに当てはめてはいけません(そうすると、必ず失敗します)。ですから、必ず「報告・連絡・相談」を徹底し、センターの衆知を集めて、その相談にふさわしい「新しい支援」を、常に、作り出すように、相談員には努力していただきます。

c.センターからの依頼として、「祈る(思う)」こと:相談が来た場合にすぐ行動できるよう、「待つ」あいだ、被災地のことを思い続けるように、センターとして相談員にお願いしています。宗教をお持ちの相談員は、被災者のために祈ってくださいと、お願いします。ただし、決して見せびらかすことなく、一人で、あるいはセンターの関係者と共に、真剣に祈ってくださいと、申し添えます。そして、宗教をお持ちでない相談員には、被災地を考え続け、誰かと被災地のことを話し続けるようにと促します。これは個人の内面の問題ですから、業務命令として語ることはできません。ただ、業務を遂行するために、各個人の自主性に任せるべき事柄として、この「祈ること(思うこと)」をお願いすることとしています。

以上の業務を遂行する職員として、7名が雇用されました。この7名が、「外国人支援プロジェクト」運営委員を補佐します。そして、この7名の活動報告に従って、運営委員会の責任で、具体的支援の方針が立てられます。そしてその方針に従って、実際の支援が、センターの職員によって遂行されます。

4.実際の支援

毎週一度、センターの職員は集まり、報告会を行います。運営委員はそこに可能な限り参加します。また、報告は、ネットを使って運営委員に共有され、支援の検討は随時行われます。

以上が、「外国人被災者支援センター」の機構と職務の報告となります。

現在、毎週の報告に基づき、一つの支援プロジェクトが開始されようとしています。その支援については、次の記事でご報告できることでしょう。今回は、支援センターの具体的な内容について、ご報告しました。

報告を終えるに当たり、最後に、お願いがございます。

この支援センターの働きは、絶望しかけている一人一人に寄り添うという、重く辛いものです。それを担う職員一人一人のために、どうぞ、お祈りください。遠くからの応援と励ましの支援がなければ、この職責は担えないものと思います。どうぞ、ご加祷くださいますよう、お願いを申し上げます。

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「外国人被災者支援センター」開設に向けて

「東北ヘルプ」は、2011年9月以来、「外国人被災者支援プロジェクト」に取り組んできました。このプロジェクトは、「外キ協」様と「NPO法人 笑顔のお手伝い」様との共同プロジェクトです。

私たちは、3ヶ月の調査を経て、支援の具体案を纏めました。それは、「外国人被災者支援センター」を作る、という企画に結晶しました。

宮城県を中心に考えた場合、「外国人」の人権に関する問題は、主に、「外国人妻」にかかわるものでした。

宮城県の中央部には、広大に広がる平野があります。そこに、「外国人」の大多数がお住まいです。多くは、「農家の後継者不足」問題をきっかけに、海外から「花嫁」としておいでになった方々です。

この方々は、震災前から、多くの問題に直面していました。そして今、震災が起こりました。そしてこの方々は、今、以前にも増した窮境に置かれています。

「被災者支援」とは何か、ということが、ここで、問い直されます。地震と津波で自宅を倒壊させられた人々"だけ"を支援することが、「被災支援」でしょうか。私たちは、議論の中で、「そうではない」と結論付けました。

震災は、東北地方太平洋岸全域に大きな影響を与えました。物理的な破壊によって多くの職場は失われ、深い恐怖によって人々の心は痛めつけられ、新しい生活を強いられることによって、人々は皆共に、深く戸惑っています。

そうした中で、震災前に弱い立場に追いやられていた人々が、最初に苦しむことになります。その人々は、叫び声をあげることもできない程に、深く暗い淵の底で、静かに痛んでいます。たとえば、「外国人妻」と呼ばれる人々の状況は、その典型となります。

震災によって、直接に、建物が破壊され、人命が失われました。これは、「直接的な被災」です。そして更に、その後、インフラ・人材の大きな欠損が、それまでの「弱者」を追い詰める。これは、「間接的な被災」と呼べるでしょう。私たちは、この「間接的な欠損」にも、支援の範囲を広げるべきだと考えました。

なぜ、「間接的な被災」まで、支援を広げるべきなのでしょうか。それは、単に「かわいそうだから」というだけの動機に基づくのではありません。もちろん、困窮の中に絶望しかけている多くの方々の報告を受けますと、胸の痛む思い・腸(はらわた)の引き裂かれるような思いがします。しかし、それだけが動機ではありません。むしろ、もっと積極的な、もっと前向きな理由が、「間接的な被災者」への支援にはあると、そう考えています。

今、被災地は「復興」の呼び声高く、土煙を上げて蠢動しています。ここで、私たちは翻って考えました。この「復興」が、よいものとなるためには、どうすればよいのか。そのヒントは、声を挙げられない程に小さくされた人々の足元にあるのではないか。なぜなら、そこにはきっと、復興に向けた矛盾が凝縮しているから。

だから、私たちは、例えば「外国人妻」の人々と出会いたい。その方々が身を挺して、私たちが気づかない深い問題を、体現しておられる。聖書の神様はきっとそこにおられて、私たちを待っている。だから、私たちは、「間接的な被災」に苦しむ人々と出会いたい。私たちは、たとえば「外国人妻」に出会うことで、きっと、私たちの社会が解決できずにいる積年の根深い問題を知らされる。

そこから私たちは、復興全体への深い洞察を得ることになる。そこ以外では得られない洞察を、得られる。もし私たちが「間接的な被災」の苦境に支援をさせていただける機会を得るなら、きっと、私たちは、復興全体のために不可欠な洞察を、神様から与えられる。

そのようなことを、「外国人被災支援」という枠組みの中で、望見しています。次回から、このビジョンへ向けた具体的な取り組みとしての「センター」について、ご案内したいと思います。

(2012年3月4日 川上直哉 記)

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私たちの「外国人被災支援」

東北ヘルプは、「外キ協」様と「NPO笑顔のお手伝い」様と共働して、「外国人被災者支援プロジェクト」を推進しています。

私たちがこのプロジェクトで「外国人」という言葉を使う時、それは、「外国にルーツを持つすべての人」を意味しています。

私たちと協働してくださっている「NPO笑顔のお手伝い」様は、12月まで、南三陸町の仮設住宅全てを回るという調査活動をしてくださいました。以前、このページでご案内した「希望のお米」プロジェクトは、その調査活動のために考案されたものでした。

「NPO笑顔のお手伝い」の理事長・千葉さんが、雑誌に寄稿されました。被災地を回りながら、震災以前に感じていたことを、改めて強く感じておられるようです。私たちは、この千葉さんの思いを共有しています。その思いを、皆様にもお伝えできればと願い、以下にその内容をご紹介いたします。

(2012年2月8日 川上直哉 記)

国際結婚問題の現状と課題

-外国人妻の地域コミュニティにおける共生-

NPO法人笑顔のお手伝い

理事長 千葉義信


『福祉のひろば』vol.143(通巻508号)
2012年2月1日発行より引用

「あんだは何時(いつ)まで居んの?どうせその内、居なくなんだべ!」

この様な言葉が、外国人妻達が嫁いでくると、地域では囁かれていました。

彼女たちは、故郷を捨て、この日本で生きていこう、自分の幸せを求めて、覚悟を持って訪日しました。彼女達の大部分の嫁ぎ先は、嫁不足に悩む農漁村部でした。しかし、そこには、彼女達を受け入れようとする温かさはあったものの、依然として、外国人妻を異質なものとしてみる閉鎖的な側面が根強く、彼女達は、地域のコミュニティに参加できず、孤立しがちになっている事例が多くみられました。それどころか、彼女達が、詐欺や子供の連れ去り等、一部の人達・不徳の斡旋業者と同様なものとして、見られていたことさえあります。

私達、NPO法人笑顔のお手伝いは、この国際結婚問題に絡む離婚問題や訴訟、さらには地域コミュニティへの参加にかかるアドバイス等を中心に活動を展開して参りました。

そのようななか、2011年3月11日の東日本大震災が発生しました。

NPO法人笑顔のお手伝いは、被災後まもなく、被害の大きかった沿岸部を中心に、「仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク(東北ヘルプ)」および「全国キリスト教連絡協議会(外キ教)」と供に外国人被災者の状況調査と支援を開始いたしました。

被災した、青森・岩手・宮城・福島・茨城の5県には、91,147人の在日外国人が住んでいました。そのうち、宮城県をみてみると、震災前に16,057人であった外国人数が14,507人になり、約1,500人の外国人が帰国したとみられています。

たとえば、宮城県第2の都市である石巻市では、震災前に約750人の外国人がおり、この度の震災で帰国したものは約200人、その大部分は水産加工場等で働く研修生です。この人数は、2011年11月18日に石巻市役所において確認した数字でありますが、一時帰国は多くみられたものの、外国人妻達の殆どが留まり、困難と立ち向かっている現状が明らかになりました。石巻市における外国人支援については、石巻市と協議中でありますが、行政と連携してアンケート調査を行い、それをもとに支援を実施する方向で進んでいます。

現在、NPO法人笑顔のお手伝いは、本吉郡南三陸町の仮設住宅を精力的に訪問しています。

南三陸町には、117人の外国人(内外国人妻は16人、永住者は43人)の所在が確認されています。この町は、平成17年に旧志津川町と旧歌津町が合併して成立した町でありますが、新庁舎、旧庁舎を含め、その行政機能がことごとく津波で流され、大勢の職員も殉職するなど、現在町役場そのものが仮設プレバブとなっている現状です。被災者の住む仮設住宅(60箇所、内2箇所は隣の登米市)もプレバブですが、宮城県の仮設住宅では、大部分で断熱材が施されていなかったため、その対策に追われています。

こういった事情から、行政では、仮設住宅内におけるコミュニティどころではないのです。

その様な中、我々は、仮設住宅を個別に訪問し、支援米(東北ヘルプの実施する「希望のお米プロジェクト」)を届けながら、外国人妻達の生活実態を調査しています。

以下に、そこでの具体的な事例を2つ紹介したいと思います。

中国人のCさんは、津波で最愛の日本人夫を亡くし、自宅も全て流され、残されたのは、彼女と子供2人(小学3年生・6年生)となってしまいました。

多くの中国人女性が、一時帰国するなか、彼女は子供達のことを考え、日本に残り、仮設住宅で生活することにしました。辛いことに夫は、生命保険等にも入っておらず、生活は困窮を極めています。

現在、民宿で一日5時間のパートをしていますが、生活費は全く足りていませんでした。子供の将来や家の事を考えれば、生活保護や育英資金等も考えていかなければならないのですが、彼女はその様な制度が有ることも知りませんでした。

フィリピン人のSさんは、津波で家を失い日本人夫も大怪我をし、働けなくなりました。

仮設で生活をしていましたが、町には雇用が少なく、外国人という点から職に就くことができないでいました。結局、3歳の子供を連れて他県へ出稼ぎに行くことになりました。2週間に一度仮設に戻るといった状態が続いております。

一方、仮設に住む外国人妻達で、今回の震災で逆に地域の人達と絆が深まったという方もいます。

宮城県では平成19年7月に「多文化共生社会の形成と推進に関する条例」が制定されていましたが、実際の生活面にまで浸透していたとは言い難いものがありました。そのさい、外国人と行政の間を結ぶパイプ役のようなものが不足していたのかもしれません。それが、地域であり、われわれNPOとなってくるのでしょう。具体的には、心の共生とともに、情報の共有が求められていると感じます。

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